2011年4月30日土曜日

【東日本大震災 被災企業の現場から】住宅再建の担い手に

復興に向けて、欠かせない住宅産業。特需も起こるでしょうね。


 ■旭硝子鹿島工場「いつでもフル稼働」

 茨城県の鹿島臨海工業地帯のほぼ中央に位置する旭硝子の鹿島工場(同県神栖市)。建築用板ガラスでは国内最大の生産拠点でもある同工場が最近、東日本大震災で停止していた操業を再開した。被災地ではこれから住宅建設などの復興が進み、ガラスの需要も拡大する。復旧を果たした同工場は今後、復興を支える新たな担い手として動き始める。(森田晶宏)

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 工場の中心設備、板ガラスを製造する全長600メートルの「フロート窯」が再開したのは21日。薄暗く蒸し暑い工場内では、原料の珪砂(けいさ)やソーダ灰を投入して1600度の高温で溶解し、製品に仕上げる自動化された工程が連日、続いている。

 震災では、フロート窯内部が三十数カ所にわたって崩落した。原料・燃料の荷揚げや製品出荷に使われる港湾設備も高さ数メートルの津波に襲われ、岸壁の大型重機は液状化現象で傾いた。

 大型重機は応急処置で姿勢をほぼ元に戻したが、まだ動かない。港湾設備も使用できるのは重油受け入れ用だけ。原料は小分けしてトラックで工場内に持ち込んでいるといい、港湾設備が完全復旧するにはあと数カ月かかる見込みだ。

 それでもフロート窯が動いたことは大きく、同工場の吉門満博ガラス部長は「いつでもフル稼働が可能な状態だ」と胸を張る。

 「最初はどうなるかと思った。だが、早期に立ち上げることができた」

 旭硝子のガラスカンパニーで日本・アジア事業本部長を務める市川公一執行役員も感慨深げに漏らした。

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 操業再開までの道程は困難を極めた。震災直後は工場周辺の道路が陥没。深刻なガソリン不足も重なって従業員の出社にも支障が出た。上水道も止まり、風呂にも満足に入れない。

 復旧作業中には余震が頻発し、3月下旬までは高所での作業を見送らざるを得なかった。補修人員が足りず、自動車用ガラスを製造する愛知工場などから応援要員の派遣を受けてフロート窯の復旧にあたった。

 平岡正司工場長は「働くための環境をしっかりと確保することが最大の課題だった」と振り返る。

 一方で東京・有楽町の本社では、鹿島工場での操業停止の影響を最小限にとどめるため、震災直後から矢継ぎ早の対応策を打ち出した。まずは愛知工場と中国・大連工場などに代替生産を指示。震災2日後には大連工場で日本向けの板ガラス生産が始まった。ほかにも「インドネシアやフィリピン、タイの拠点にもサポートしてもらった」(市川執行役員)といい、3月末には受注を再開。同社幹部は「グローバル展開の強みを発揮できた」と語る。

 旭硝子は平成21年、それまで別々だった建築用板ガラスと自動車用ガラスの組織を統合。日本・アジアと欧州、北米の3地区に事業本部を置き、指揮系統などを一本化している。この結果、今回の震災でも意思決定を迅速化できたという。

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 鹿島工場のフロート窯の生産能力は1日850トンとアジア最大級。国内の建築用板ガラス市場では3分の1以上のシェアを誇り、厚さ3ミリから25ミリまでの板ガラスを量産してきた。

 操業再開後の生産量はまだ1日700トンで、建築用板ガラスの需要が震災前の状況に戻るには「ある程度の時間がかかる」(業界関係者)との見方もある。

 だが、3ミリの汎用品などは仮設住宅などでも十分に使える。さらに被災地の住宅建設が本格化すれば、防火性能に優れた耐熱強化ガラスなど高品質の製品の需要が高まる可能性も大きく、復興への貢献が期待されることになる。

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